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2014年8月 3日 (日)

 但馬安國寺

但馬安國寺の由来

 この寺は、太平山安國禅寺と称し、臨済宗大徳寺派(本山は、京都紫野・龍寶山大徳寺)に属し、開基は足利尊氏公、開山は夢窓疎石国師である。

 足利尊氏公は、深く帰依していた夢窓国師の薦めによって、国家安泰祈願の一国一寺・一塔の建立を発願した。元弘の役などによるたくさんの敵味方戦没者の慰霊、後醍醐天皇の冥福を祈るためで、康永四(一三四五 )年二月六日の光厳上皇の院宣を受けて、六十六国と二島、合計六十八の安国寺と、同数の利生塔を設置した。

 本寺は但馬国の安国寺である。当時この地は西雀岐庄といわれ、守護太田氏一族の庇護のもと、大規模な教宗寺院(恐らく真言宗の名刹)があり、これを修造・改称したものである。因みに、但馬の利生塔は、当時この地方の有力な教宗寺院であった金剛寺(豊岡市)に建立されたが、現存していない。

 寺伝によれば、但馬安國寺は足利幕府より朱印と三百石余の禄が与えられたといい、当時は七堂伽藍を有した堂々たる構えであったと思われる。享保二(一七一七)年、不慮の火災により、朱印並びに建造物・仏具・荘厳・什物のことごとくを焼失した。その跡地は、現在地より南方三〇〇メートルの所にあるが、山林化して、その形跡を明らかにとどめてはいない。

 最近、その周辺地に千本余の沙羅(なつつばき)が群生しているのを発見したが、往時の安國寺庭に植わっていた木の種が播散して広がったものと推察している。

 約三百年前に、当山中興住翁義安和尚(享保十五年八月十六日示寂)が、現在地上方の山地に草庵を建て、出石宗鏡寺の末寺になったという。その後たびたび火災にみまわれ、現在の本堂は明治三十七年落慶の建物である。

 裏庭の心字池が背負う築山には、樹齢百有余年の灯台躑躅(満天星)の数株が、四方に十メートル余に枝をひろげ、春は白いつりがね花と新緑が、秋には見事な紅葉が楽しめる。

 粛軍に関する質問演説で有名な齊藤隆夫氏が、明治十六年(十三歳ころ)漢学を学びに寄食したという記録がある。齋藤氏は、わずかな安國寺での生活が間もなく「東京へ遊学することになる、礎になった」と、その著「回顧七十年」~中公文庫の中で述べている。

 このように、安國禅寺は歴史的価値の高い寺院である。文化財のほとんどが失われているので難しいが、今後旧寺跡の発掘や幅広い資料収集によって、多くのことが解明されるよう期待している。

     豊岡市但東町相田三二七 

TEL/FAX  0796-54-0435

                                  秋の安國寺

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2014年8月 6日 (水)

安國寺の三自然仏

 安國寺の三自然仏

  但馬国・安國寺は、室町幕府初代将軍の足利尊氏が、夢窓国師に勧められて、後醍醐天皇・諸戦歿精霊の慰魂のため、且つ天下泰平を祈願して、各国一寺を建立した六十八安国寺の一つ。

 但馬安國寺は、度重なる火災のためほとんどの文化財的遺産をを失っている。が、「生命の尊厳」「自然の畏敬」「今ですよ」の意義を教える『三つの自然佛』が伝えられている。

  1.ナツツバキ(沙羅)

   旧安國寺跡に、1000本以上群生している。

 2.どうだんつつじ(満天星)

   本堂裏築山に枝をひろげ、春は白い花、秋は紅葉を

     鑑賞できる。

 3.モリアオガエル

   裏の心字池で、産卵・成長する。

       いずれも、「いのちの大切さ」 「自然の偉大さ」

       「今こそ大事」の三つの教えを説いている。

  

 

 

 ナツツバキ(沙羅)

Tubaki (開花六月~七月)

ドウダンツツジ(満天星)

Img312 (花:四月~五月) 

Img308_2 (紅葉:十一月)

モリアオガエル

Kaeru 
(産卵が五~七月)

 

2014年8月24日 (日)

聖観世音菩薩像 特別拝観

聖観世音菩薩像 特別拝観

 

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 多くの文化財の失われているなか、現存するうち最古の室町時代の佛像である。度重なった火災から、持ち出し可能な大きさであったため、現在に残ったものと思われる。

  体内銘に「永生十三年(1516年)十一月二十八日」の文字があり、他の記載は解読できていないが、制作・安置の由来が述べられているものであろう。

   今は、本堂前の経蔵(第二次大戦終了まで、相田小学校にあった奉安殿を譲り受け、大般若経六百巻を収蔵)の、本尊佛として祀っている。普段は、閉め切っていて一般拝観はできない。

  今秋、どうだんつつじ紅葉期を控えて特別公開をし、一般参拝客の拝観に供することとした。いろいろな災難を乗り越えて今あるお姿を敬拝されたい。

2014年8月27日 (水)

相田温泉薬師

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相田薬師堂

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薬師如来・諸尊像

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黒塗薬師如来

  相田安國寺の薬師堂は、文政5(1822)年建立で裏山の麓にあって、永らく地区住民の健康・安全を守る仏様として、心のよりどころとされてきた。

  その中の小さな黒塗薬師如来像は、土生(はぶ)地区の五社神社に天明8(1788)年に奉納されて祀られていた。明治初年の廃仏棄釈等の厄に遭い著しく損壊していたのを、12代舜道宗碩和尚が有志を募って喜捨を仰いで補修、昭和57(1982)年9月に併祀したものである。

 薬師如来は、温泉と縁の深い仏様であるが、但東シルク温泉も恩恵をうけている。平成4(1992)年9月に土生で掘削が始まった第一源泉、平成13(2001)年7月に薬師堂前100メートルで掘削工事開始の第二源泉、住職をはじめ心ある人が日々参拝祈願して良泉の湧出をみたのである。

  感謝の法要には、業者から両源泉の初湧の湯と削岩機(ドリル)の先端部(ピット)が奉納された。『相田温泉薬師』と命名されて、「より多くの人がお加護を受け、温泉に親しみ、無病息災を保持してほしい」の願いをこめて、但東シルク温泉の守護尊となっている。

 その後薬師堂は、台風被害による損傷修理を期して境内本堂前に移転して現在に至っている。

   

2014年9月21日 (日)

但馬ネイチャーフォトクラブ(TNPC)

 昭和60(1985)年、写真家・狩野清道氏と愛原江四郎氏が話し合って設立しました。平成7(1995)年制定の会則にあるように、「但馬の自然を愛し、写真活動を通じて会員相互の親睦をはかり、写真技術の向上を目指す」ことを目的にしています。

  ときには、但馬から視野を広げて各地に撮影場所を求めますが、大自然の営みや移ろいの美や不思議を全身に感じながら、写真表現に昇華させるべく努力・研鑽を続けています。

 『みんな元気で、写真を楽しもう』を合言葉に、「被写体を発見する楽しみ」「撮る楽しみ」「観る楽しみ」「見せる楽しみ」と4つのキォャッチフレーズを掲げて前進を図っています。

1.被写体を発見する楽しみ

 毎月一回の撮影会や、相互の.情報交換で…

2.撮る楽しみ

 積極性の高揚・仲間意識の保持で…                                

3.観る楽しみ

  いろんな写真を観て、見方や技術を学ぶ…

4.魅せる楽しみ

  より多くの展示・展覧会の機会を設定

   なかでも毎月第3金曜日19時から開催の例会(豊岡市立新田公民館)は、最高の楽しみの機会です。5点の作品を持ち寄って互いに鑑賞・批評したり、あと、指導者に総括していただき、十位までの順位をつけてもらいます。上位5席までは、2L判で市内の展示場に掲げます。また、1席は神戸新聞にカラー写真で掲載され、10席までは氏名が載ります。

  わしたちは、より多くの同好の士を求めています。ネイチャーフォトに興味のある方の入会を待っています。  会長あて連絡をくださるなり、例会に様子を見に来てくださることを願っています。

             

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          会員展展示に集まったメンバー       

会 長    真田義永

                 〒668-0324 但東町相田327

                                                    ℡0796-54-0435